夏目漱石『こころ』:初見感想メモ

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夏目漱石『こころ』:初見感想メモ

対話不足に見える「賢い人たち」

 太宰治の『人間失格』でもそうだったが、賢い人ほど状況をよく把握して、頭の中で答えを出そうとしているように思う。とはいえ、人の気持ちや考えについては、相手の中に答えがあるもので、自分の中でいくら考えても正解は出ないばかりか、思い込みによる「悪質な不正解」を出してしまいがち。

 「自分が思ってるほど良くも悪くもない」みたいなことは対話してみて初めて分かることだと思うが、賢いと自分でもっともらしい答えを出せてしまうので、そのプロセスを飛び越えてしまうように思う。

まんがで読破『こころ』より

 「誤解」というのは対話不足から生まれるのは今も昔も同じってことか。

まんがで読破『こころ』より

人は裏切るが信用せずには生きれない

まんがで読破『こころ』より

 それが「誤解」なのか「裏切り」なのかは検討の余地があるとして、「人は自分の思い通りに動かない」ということは違和感なく理解できる。

 しかし、「じゃあ、他人なんて信用できないよね」とすることもできないのが人間。

 きっと大事なのは「裏切られてもいい範囲で信用する」みたいなこと。それを見極めるためにも、自分と向き合い、相手とよく対話する必要はある。

まんがで読破『こころ』より

 『先生』も「どうせ死ぬから裏切られてもいい」みたいな心積もりで「信用」したのかもしれない。

プライドが高いほど罪悪感に負ける

 自分を「失敗するはずがない人間」としてしまうと、失敗したときの罪悪感はアイデンティティを破壊してしまう。破壊された結果、「自己認識が間違ってたんだ」と思えるか、「そんな自分は存在しちゃいけない」と思うのかが「生きる力」のように思う。

 

まんがで読破『こころ』より

 自分の「立場」が変わるからこそ、その「立場」の気持ちがわかるようになることもある。

まんがで読破『こころ』より

感想:「対話」と「開き直り」が大事

 傍観者として物語を眺めているせいか、「対話不足」や「誤解」がもどかしく思った。「いや、そんなに悩むなら、一言聞けばよかったじゃん」みたいに思うが、もしかしたら、「身分」だとか「プライド」がそれを妨げてしまうんだろうか。確かに、「バカにされたくない」とか、「内心をさらすのは恥ずかしい」みたいな場面はあるか。

 そう考えると、「相手に聞くこと」と「死ぬしかないと思う罪悪感」についても、「自分はそういう人間だった」と開き直れることが突破する力になると思える。

 とはいえ、「開き直り」によって自分を過小評価するのもまた「無敵の人」みたいになって危ないが、「自分は高潔で万能」みたいな過大評価も逆方向に「無敵の人」になってしまう。「正しい自己認識」を作る上で大事なのはきっと「対話」と「経験」で、過去の自分と周囲の人間を使って自分を「いい感じに相対化すること」が大事なんじゃないかと思った。

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