小林多喜二『蟹工船』:初見感想メモ

マンガ冒頭の「搾取」を整理する

まんがで読破『蟹工船』より

 マルクス(あるいはマルクス主義)の言う、「搾取」とは簡単に言うと以下の通り。

「資本主義では、売上がいくらであっても、賃金は労働力の再生産コスト(食費や家賃など、「明日も労働するためのリソース」を確保するためのコスト)しか支払われない構造になっている」

 こうなる理由は、労働者が代替可能な存在で、利益をあげるには市場から「より安く手に入れるべきモノ」である、例えるなら「原材料」みたいなものだから。

 こういう労働者がやる仕事は誰にやらせても同じ成果が出せるし、そういう者に払う賃金は原材料費と同じく製造コストの一部なので、労働者に払う賃金は利益を目指した場合に真っ先に削ろうと思われるモノになりがち。

『蟹工船』における「搾取」はまさにマルクスの言う「搾取」

まんがで読破『蟹工船』より
まんがで読破『蟹工船』より

 『蟹工船』の労働者は、海の上、船の中という閉鎖環境で、やることは水揚げという力仕事と、缶詰生産というライン工。

 さらに労働者は借金漬けだったり、貧乏でお金が必要な存在。加えて、そんな存在を生産し、リクルートする業者さえある始末。もはや『カイジ』である。。

 つまり、『蟹工船』の労働者は、マルクス(あるいはマルクス主義)が言うところの「搾取」の対象になりやすい、単純労働をするための拒否権のない、使い捨ての存在である。これじゃ「搾取」されるわけである。

解決策はストライキ

まんがで読破『蟹工船』より
まんがで読破『蟹工船』より

 労働者が地位をあげるには、以下のパターンがある。

  1. 労働者が希少な生産スキルを身に着けて代替不可能な存在になる
  2. 代替可能な労働者が結託して例えば「~円もらえないと働かない」と組み合う(ストライキ)

 これは現代でも同じこと。

 『蟹工船』で労働者がストライキで待遇を勝ち取ったように、現代でも工場労働者やエッセンシャルワーカーはストライキで賃金アップを狙うことが散見される。

 生産機械の進歩で個人が発揮できる生産スキルが頭打ちになってたり、需要が限られている、あるいは利用者からお金を取りにくい構造のビジネスはこうでもしないと賃金をあげられないんだろう。

 まぁなんでも市場原理に任せるのがいいわけじゃないから、むしろ1週間くらい活動を停止させるストライキの方が穏便だったりするように思う。

現代日本で蟹工船的になりやすい業界はどこか?

 『蟹工船』は単なる昔の話ではない。労働者にとって悲惨な労働環境を作る要素を教えてくれている。

 まず「蟹工船的条件」で整理してみる。

  1. 労働者が代替可能(誰でもできる・教育が短い)
  2. 辞めにくい(貯金ができない、借金がある、高齢年齢であるなど)
  3. 成果が個人に帰属しない(ライン作業・チーム作業・個人の出来高不透明)
  4. 現場が閉じている(情報・外部比較がしにくい)
  5. 価格決定権が労働者側にない(単価が上流で固定)

 この5つの条件が揃うほど、職場は「蟹工船的」になりやすい。

 では以下から具体的に「蟹工船的になりやすい業界」を考えてみる。

物流・運送・倉庫(特に下請け・多重構造)

  1. 単純作業が多く代替可能
  2. 単価は元請けが決める
  3. スピードと量が最優先
  4. 人手不足だが「誰でもいい人手」

 特に、Amazon系倉庫宅配の下請け期間工・派遣倉庫は、「ライン工+時間圧+成果不可視」という点で、「蟹工船的」になりやすい。

外食・飲食(チェーン・個人店問わず)

  1. 技術が細分化されている
  2. 忙しさ=価値だが賃金に反映されにくい
  3. 客単価に天井がある
  4. 「やりがい」で耐えさせられやすい

 特に問題なのは、「忙しい=価値を生んでいる、でも価格を上げられない」という構造。

 蟹工船で言うと、「水揚げが増えるほど地獄になる」状態か。

介護・福祉・保育(エッセンシャルワーク)

 倫理で搾取が正当化されやすい業界に見える。

  1. 利用者から料金を高く取れない
  2. 国の報酬単価が固定
  3. 感情労働が大きい
  4. 辞めにくい(責任・罪悪感)

 ここは特に、「あなたがやらないと困る人がいる」という言葉が、代替可能性の高さを隠す麻薬になりやすい。

 マルクス的に見ると、「労働の再生産コスト」が感情で踏み倒されている典型か。

建設・現場系(下請け・日雇い)

  1. 肉体労働
  2. 危険
  3. 代替可能だが消耗が激しい
  4. ピンハネ構造が多い

 『蟹工船』に近いが、少しタイプが違い、個人が努力する余地があるように思う。

 というのも、「労働者に技能が溜まると代替不能になる」、「独立・横移動が可能」という点で、完全な『蟹工船』ではない。

IT下流(SES・運用・保守)

  1. スキルが細切れ
  2. 個人の成果が見えにくい
  3. 単価は商流で決まる
  4. 人月管理

 この業界によくある、「この人じゃなくてもいいが、人が足りない」という状態が「蟹工船的」。

「蟹工船化」しにくい業界の特徴

 ここまで例を挙げてきて、労働者として悲惨な目に遭いやすい業界が具体的に見えてきた。

 もちろんこの他にもそういう「蟹工船化しやすい業界」は無数にあると思う。そういう業界を探す上では対照的な要素も重要なので書いておく。

 蟹工船化しにくい条件はまとめると以下の通り。

  1. 成果が個人に紐づく
  2. 単価交渉が可能
  3. 情報が開かれている
  4. 横移動が容易
  5. 市場が複数ある

 仕事をするならこういう業界を選びたい。

感想:『蟹工船』的な労働環境は今もある

 この話を「昔の労働者は大変だった」みたいなことで流すのはあまりに危ないし、もったいない。

 悲惨な労働環境は、そうなりやすい構造が作っているもので、その構造は現代にも存在するからだ。

 こうやって小林多喜二やマルクスがやってきた「仕事」でしっかり学んで、「幸せな労働者」として生きていきたいと思った。

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