サン=テグジュペリ『夜間飛行』:初見感想メモ

まんがで読破『夜間飛行』

 読んだ本は以下の通り。

夜間飛行
命...

挑戦者と生活者

まんがで読破『夜間飛行』より

 命を顧みず、人類を一歩先のレベルに進める挑戦者がいるから、人類は日々できることを増やせる。一方で、生活者がいるから人類は今日も生き延びて絶滅せずに済んでいる。

 挑戦者と生活者は対極にあるが、個々人の中に同時に存在していて、多くの人は「どちらかというと、どちらかに寄っている状態」だと思う。

 挑戦者に振り切っている人ほど、大きな挑戦ができる分、生活面はボロボロだったりする。

 一方で、生活者に振り切っている人は、自分でより快適な生活を追求できる分、地味すぎて時には自分でも生きる目的を見失いがち。(ちなみに筆者はこっち側)

 多くの人は無自覚に「これらの中間地点」に居るので、どちらの極についてもあんまり理解できないと思う。

 「犠牲を払う挑戦なんてとんでもないけど、他人に誇れることが何もない生活を続けるのは地味でイヤ」、みたいな感じだと思う。

極の美しさと力強さ

まんがで読破『夜間飛行』より

まんがで読破『夜間飛行』より

 挑戦を続けて、その分野のトップに君臨し、その分野をけん引する存在であることは、その技術を高めることはもちろんだが、「その他のことをしないと決めること」が必要。

 その「特化した生き方」には美しさと力強さがあると思う。

 実際、「偉人伝」とか、「経営者の密着番組」とか、みんな好きだもんね。

 さらにこれは人間だけじゃなくて、「速さに特化したスポーツカー」だったり、「戦闘に特化した武器」を美しいと感じるのと同じだと思う。

 つまるところ、「美しさ」や「力強さ」は、何でもできる万能さじゃなくて、それ以外のことはやろうとしない特化した姿勢にあるんだろう。

幸村誠『プラネテス』より

 「力強さ」とは、こういうことだと思う。

 しかし、幸村誠の『プラネテス』の完成度の高さは半端ない。。

挑戦に価値があるかは他の人にはわからない

まんがで読破『夜間飛行』より

 その挑戦が過酷で、犠牲があるほど、その挑戦の外にいる他人は「なんでそんなことをするのか?」、「なぜそこまでするのか?」と疑問に思う。

 しかし、往々にして、それはうまく伝えられない。そもそも人間の内発的な動機は言葉にならないから。

まんがで読破『夜間飛行』より

 他人にわかるように説明するには、「論理」を使って説明しなければならないので、どうしてもお金などの「数字の話」になる。でもそれは挑戦者が本当に思っていることじゃない。そもそも「そういう枠組み」で語れるものじゃないのである。

 「お金」や「評価」ではなく、「熱意」や「好奇心」、「愛情」みたいな「自分の内側にあるモノ」を燃料にした挑戦であればあるほど、その価値は言葉にしづらい。

まんがで読破『夜間飛行』より

 また「論理」は比較できるので、「そんなことしなくても、別の手段でいいじゃん」みたいな結論になりやすい。

 「え?人が死ぬ可能性があるならスピードとかどうでもいいんだけど。。」みたいに思いがち。筆者も「配達のスピード」に関してはそう思う。

 でも、そのスピードに挑戦している人の動機はそこじゃないのである。

挑戦の価値は、そこに命をかけているその人たちにしかわからない

まんがで読破『夜間飛行』より

 つまるところ、人間が挑戦する動機なんて「俺が、それを、やりたいと思ったから」でしかないんだと思う。

 なんでそう思ったのかは本人にもわからないし、そこに犠牲があるとか、コストが高いとかって話は関係ない。

 「そう思うから、そう思う」のである。

 これは本作の登場人物が特殊だからということではなく、現代でもそこここで見られることである。

幸村誠『プラネテス』より

 

 これは善いとか悪いとかじゃなくて、人間はたぶんそういうもんなのである。

「仕組み」で人を挑戦者に仕立て上げるのはよくない

まんがで読破『夜間飛行』より

 ここまで「人間の純度の高い情熱による挑戦の美しさ、力強さ」について改めて感動してきた。

 こういう挑戦による成果は確かに大きい。しかし、それがゆえにその成果は他人に狙われる。

 企業は、環境を整備し、従業員に洗脳状態にして「純度の高い情熱」を抱かせ、過酷な挑戦をするように仕向ける。そして成果は「搾取」する。「やりがいの搾取」なんて言われるやつ。

 こういうマルクスの『資本論』で指摘している「資本主義のダメさ」は良しとしない。

カール・マルクス『資本論』:初見感想メモ
ま...

 これは搾取された労働者だけでなく、労働力の相場が下がることに繋がるので、当事者でなくてもが積極的に反対したほうがいい。

 とはいえ、ある程度はリソースを集約しないと「大きな挑戦」はできないから悩ましい。。

感想まとめ:筆者が好きでやっていることも他人を納得させる説明はできない

 筆者は、他の人が言うところの、「お金を払ってわざわざ危ない目に遭う格闘技」を好きでやっているし、「お金も時間も使ってしまうゲーム」が大好きだし、「誰も喜ばないギターを弾くこと」もやめられない。

 「なんでやっているのか?」と問われれば、「好きだから」とか「やりたいから」でしかない。

 他の人からすれば、「デメリットしかないこと」を好んでやっている、わけのわからない人だと思う。

 とはいえ、好きなことをやっている結果として、危ない目に遭ったり、時間とお金が無くなったり、誰も喜ばなかったりしただけで、これらのデメリットを良しとしているわけではない。あくまで許容しているだけである。

 動機を問われるたびに、何とか説明しようと言葉を考えたこともあったが、サン=テグジュペリの『夜間飛行』を読んで、改めてそれは必要なかったと思えた。デメリットは許容度の範囲で一人でやってるんだから。

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