まんがで読破『千一夜物語』
読んだ本は以下の通り。

『千一夜物語』について
昔々、サーサーン朝にシャフリヤールという王がいた(Shahryār:物語上の架空人物)。王はインドと中国も治めていた。ある時、王は妻の不貞を知り、妻と相手の奴隷たちの首をはねて殺した。 女性不信となった王は、街の生娘を宮殿に呼び一夜を過ごしては、翌朝にはその首をはねた。こうして街から次々と若い女性がいなくなっていった。王の側近の大臣は困り果てたが、その大臣の娘シェヘラザード(シャハラザード、شهرزاد)が名乗り出て、これを止めるため、王の元に嫁ぎ妻となった。 明日をも知れぬ中、シェヘラザードは命がけで、毎夜、王に興味深い物語を語る。話が佳境に入った所で「続きは、また明日」そして「明日はもっと面白い」と話を打ち切る。シェヘラザードの傍らには、妹のドゥンヤザードがいて、横から「話がおもしろい」と盛り上げ役を演じる。姉妹による作戦によって、王は話の続きが聞きたくてシェヘラザードを生かし続けて1000日。ついにシェヘラザードは王の悪習を止めさせる。
以上が、物語の大枠であるが、王の悪習を止めさせたとする結末は、後世のヨーロッパ人が追加したものである。1704年に「千一夜」を初めてヨーロッパに紹介したアントワーヌ・ガランが翻訳に使用したアラビア語の写本には結末はない。282夜の話があるだけである[2][4]。
出典:

本当はオチのない話だったのか。。
わりと人の命が軽い古代

まんがで読破『千一夜物語』より

まんがで読破『千一夜物語』より
妻の不貞発見=>国中の女性に八つ当たり、が自然に行われているところに人の命の軽さを感じる。
まぁ一応、王が八つ当たりする女性は処女限定だったらしいから、選ばれる前に結婚する、あるいは処女じゃなくなっておく、みたいな手でなんとかなりそうではある。
話し手の妹は盛り上げ役だったらしい

まんがで読破『千一夜物語』より
この漫画だと、なんで妹が一緒にいるのかよくわからなかったが、wikipediaによると話の盛り上げ役だったらしい。
続きが気になるように話して命を繋ぐ

まんがで読破『千一夜物語』より
この話の中で筆者が気に入っているのが、「芸は人を助ける」が示されているこの部分。
自分というコンテンツに魅力があることはもちろん、その魅せ方を工夫することで、さらに魅力を感じてもらって自分の利益につなげる。
これが大事なのはきっと今も昔も同じ。
『千一夜物語』の話の中身はよくわからない

まんがで読破『千一夜物語』より
『千一夜物語』の話の中身は、愛とか、絆とか、裏切りとか、よくある話だったように感じる。
まぁ『千一夜物語』は元々オチのない話なので、「1つ1つの話に意味があって、それが本編である八つ当たり王の改心に繋がる」、みたいなことにはなってない。
それに「まんがで読破『千一夜物語』」だと尺の都合で全話のせることもできないので、話の全貌を知った上での評価もできない。

まんがで読破『千一夜物語』より
しかし、確かに「オチがないと売り物になりにくい」ってことはわかるなぁと思った。
欧米系のメジャー映画は特にハッピーエンドをつけたがるし、それに影響された映画もオチの方向性は大体似る。
コンテンツの評価を伝える時に「どういう話か」を簡潔に伝えられないと興味を持ってもらえないし、「面白かった」と思ってもらえないと好評は得られないのは今も昔も変わらないってことか。
筆者は吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』が好きだが、「どういう話か」を魅力的に伝えることはできないし、「面白かった」と簡単に評すこともできない。でも、素晴らしい映画だと思ってる。
もしかしたら『千一夜物語』も本来はそういう性質の物語だったのかも知れない。。


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