『ペルソナ5』感想メモ〜「カネシロ・パレス」クリアまで〜

プレイ状況

 難易度は「Normal」でプレイ中。

『カネ稼げねえ人間に価値なんてねぇんだ!』

 お金が「人を喜ばせた対価」であるなら、お金を稼げない人は「誰も喜ばせていない人」と言うことになる。

 『DEATH STRANDING』で言うところ、「誰も使わない施設を、不便な場所に建てまくる」ということか。

 とはいえ、お金を使った取引も必ずしも「人を喜ばせた対価」として支払うものばかりではない。投機の取引や犯罪なんかは、別に誰も喜んでないけど、お金が移動する。なので、誰も喜ばせてないけどお金持ちになることもできる。

 なので、一概に『カネ稼げねえ人間に価値なんてねぇんだ!』とは言えないが、もし「誰も喜ぶことをしない人」ならば、その社会はその人に価値を認めないのかもしれない。

 とはいえ、他人が評価するその人の価値と、その人自身が評価するその人の価値は違うので、自信を持って生きてもいいと思うが。

主人公がモノを言わない人でよかった

 怪盗団のメンバーはおそらく年齢相応には青臭い。なので、それっぽい建前を大きな声で言ってしまう。

 しかし、主人公だけはプレイヤーが選択したことしか喋らない。これがいい。

 プレイヤーはその青臭い雰囲気に取り込まれずに、一歩下がった場所から怪盗団を俯瞰することができる。

 プレイヤーが操作する主人公が主張の強いキャラだと、プレイヤーがゲームを進めるモチベーションを削いでしまうこともあるので、これはこのゲームのナイスな作りだと思った。

誰がみんなの余力を奪ったのか

 どこもかしこもお金を奪う罠で溢れている。

 キャリアの携帯ショップ、銀行窓口で買う金融商品、車の残価設定型クレジット、リボ払いなど、仕組みを理解できない人から「無用なお金を奪い取る合法的なビジネス」が横行している。

 そして、これにハマった人は、その責任を取らされる。

 罠に嵌められて損した人を我々は助けない。それどころか、「自業自得」、「バカは損する」とその人のバカさを断罪する。

 当然、損失を補填するお金を分けてあげることはしないし、それどころか「バカの近くにいると何かのトラブルに巻き込まれるかもしれない」と距離を置くこともある。

 考えてみてほしい。

 上記の「無用なお金を奪い取る合法的なビジネス」にフルコンプで騙されている人はなんか危なく感じないだろうか?

 自分で考える力がないので、今後はもっと悲惨な罠に掛かる気はしないだろうか?

 そんな人の近くにいるとお金がらみのトラブルに巻き込まれたりしそう。。と思わないだろうか?

 世の中に溢れる「無用なお金を奪い取る合法的なビジネス」は、日々進化している。

 それに騙されないようにするだけでも結構大変だ。勉強しなくちゃいけない。

 さらに自分の生活を成立させるためにやることも多い。自己防衛で精一杯だ。

 他人を罠から守ったり、損失を補填してやる余裕なんてない。

なんでそうまでしてお金が欲しいのか?

 「無用なお金を奪い取る合法的なビジネス」を作り、運用している人たちは、衣食住に困っているからやっているわけじゃない。よりたくさん儲けたいからやっているのである。

 なんでよりたくさん儲けたいのか。

 それは他人から自分の価値を認めてもらいたいから。

 幸いにもこの国には、とりあえずお金を持っていれば一目置かれる文化がある。(長者番付とか好きだもんね)

 そうやって一目置かれたいからよりたくさん儲けたい。

 そうすると、「お金は人を喜ばせた対価」なんて効率の悪いことは言ってられない。

 頭が悪いやつ、選択肢がないやつ、など「弱いやつ」を低コストで騙して、広くお金を吸い上げる方が効率がいい。

 そして社会はそれをやっている。

搾取では真の尊敬は得られないが、それを欲しがっている人間は少ない

 「無用なお金を奪い取る合法的なビジネス」をすれば、誰も喜ばせなくてもお金を得ることができる。しかも効率的に。

 それで蓄えたお金をもって「お金持ちだ」と威張っても、そのお金に興味がある雑魚からしかチヤホヤされない。承認されない。

 これは「真の尊敬」ではない。

 だけど、「真の尊敬」など欲しがっている人はそんなにいない気がする。

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