家を「安心できる場所」にしておくのが「専業主夫」の役割

お金を稼ぐ効率で考えると家族に「専業主夫(婦)」は必要ない

 筆者はこれまで「専業主夫(婦)」の存在に否定的だった。

 「家事なんて働きながらでもできるし、どうしても無理な時は家事代行等のサービスを使えばいい」。筆者はこのように「専業主夫(婦)」は「家事を専任する人」というポジションだと思っていた。

 家庭にはお金が必要なのに、手に入れる手段が難しくなっていっている状況を考えると、働ける家族の誰もが「お金を稼ぐこと」に全てのリソースを投入すべきだ、というように考えていた。

 実際、筆者の両親も共働きだったし、ちょっと前まで筆者も「最大効率でお金を稼ぐために共働き推奨派」だった。そして、目論見通りに最大効率でお金を稼ぐことができた。

 しかし、ちゃんとその代償はあった。

家族の誰もがお金稼ぎに熱中していると他人を思いやれない

 家族の中で、「お金を稼ぐ行為が最優先」になっていたので、家事や家族とのやりとりを軽視してしまい、家庭での生活がずいぶん荒れてしまった。

 家族間のやりとりでも、お金稼ぎと同じく「それが効率的で合理的か」という尺度でものを考えてしまい、とても個々人が他人を思いやれているような状況ではなかった。

家族に1人でも心に余裕のある人がいると安心できる

 期間限定ではあるが、「専業主夫」になってみた筆者が思ったのは、「家族に心の余裕がある人が1人でもいると家庭に対して安心感が持てる」ということである。

 「専業主夫(婦)」のメインタスクである「家事」についてはもちろんバッチリ任せられるし、会社での仕事と同様に続けていればそのクオリティはどんどん上がっていく。

 さらに「専業主夫(婦)」は時間に余裕があるので、雑事も気軽に任せられるし、一緒に遊んだり、無駄話もいくらでもしていい。

 プレッシャーのないタスク、使い道を決められる潤沢な時間から、「専業主夫(婦)」は心に余裕を持てるので、家庭では他人を気にかけることができる。家族がしんどそうなら進んでヘルプに向かうし、ヘルプ要請が来たらいつでも、いつまでも付き合える。

 筆者が「専業主夫」になってから、家族から「会社で心がざわついても、家に帰れば安心できる」というありがたい言葉をいただく機会が増えた。家が安心できる場所にしておくのが「専業主夫(婦)」の役割だったんだと、改めて認識した。

誰かを楽にしてやれるなら「専業主夫」がいてもいい気がする

 「専業主夫(婦)」=「家事の専任者」という表面的な見方をやめて、「専業主夫(婦)」=「心に余裕がある人」と考えられれば、世間もその役割の大事さがわかるかもしれない。

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