生きられる時間は決まっている
何も楽しみを感じない、不本意なことをさせられている時に思った。
こういう、「つまらないこと」で自分の人生を埋めてしまうと、どういう人生になってしまうのか?、と。
当たり前のことだが、誰しも生きていられる時間は決まっている。ついつい忘れがちだが、人は無限には生きられない。
有限な命をどう使うかで、自分の人生を「幸せな人生」にできるかどうかが決まる。
やりたいことがやれる時間は寿命よりずっと短い
人生の中で、「やりたいことがやれる時間」は寿命よりも短い。
だから、「やりたいけど今じゃない」なんて言って、「やりたいこと」を先延ばしにする場合、「どのくらい先延ばしにできるか」ということを具体的に考えておかなければならない。
そもそも先延ばしにして設定した年齢まで生きてる保証もないし、その時にはもう「やりたいこと」がやれない可能性もある。
なので数十年後など、あまりに長い時間をかけた先延ばしは危険だと思う。できることなら「今すぐに」やったほうがいい。
やりたいことをやるためのお金と体力と時間は有限
「やりたいこと」をやるためには、時間あるだけではダメな場合が多い。
お金や体力をはじめ、「やりたいこと」の種類によってはもっと多くのものが必要になる。「やりたいこと」をやるために、これらを手に入れ、増やし、温存することもやらなければならない。
お金が必要なら、働いてお金を稼いだり、そのお金を投資で増やしたり、無駄遣いせずに貯めておくことが必要。
体力が必要なら、体を鍛えて体力を増やし、かつ、無駄に体力を使うことをやめて、「やりたいこと」に体力を集中させることも必要だろう。
お金を稼ぐこと、体力を作ることが整ったら、残った時間を「やりたいことをやるための時間」に割り当てる。
このように、「やりたいこと」をやるためには、時間も、お金も、体力も、その他必要なリソース全てを計画的に手に入れ、温存することが必要なのである。
だから人生を楽しむためのこれらのリソースを、「つまらないもの」に無駄遣いしてはいけないのである。
後悔しないために自分にとってベストなモノと選び続ける
「やりたいことができる幸せな人生」を作るために、リソースは無駄遣いしてはいけない。
無駄遣いしないためには、常に自分にとってベストなモノを計画的に選ぶことが必要だ。
「なんとなく時間を使う」とか、「満足度は低いけど他人に合わせてお金を使う」とか、「楽だからと体を鍛えず鈍らせる」なんてことをしていては、人生が無駄にまみれる。
無駄にまみれた人生の中に、人生を楽しむためのリソースなんて残らない。
無駄に使ったリソースの残りカスを集めても、「やりたいこと」をやるには全然足りないのである。
「これは自分をどう幸せにするのか?」と問い続ける
「やりたいこと」を決めてそれに向けて準備するには無駄なことをやっている余裕はない。無駄なことをやらないために、今まさにやろうとしていることが、「自分をどう幸せにするのか」ということを考えて、やるかやらないかを決める必要がある。
やっていて面白くないし、続けても大したリソースが得られないことが予想できたらそんなものはやめればいい。これは仕事も、趣味も、人間関係もすべて同じ。やっていることが自分を幸せにしないなら、それは自分の人生にとっては無意味なものなのである。
実際、人生を楽しむための時間は短いし、楽しむためのリソースもギリギリしかない。
なので無意味なものに貴重なリソースを使ってはならない。このことを忘れずに、感動できないゲーム、つまらない人間関係、役に立たないモノやサービスなど、無駄なモノは全部無視するようにしたい。
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