買った後であなたは「それにお金を使う人間」に変わる

「可愛いから買いたい」

 「可愛いから買いたい」。あるキャラグッズを前にして、妻が漏らした言葉である。

 正直なところ、我々夫婦は「ハンパない金持ち(笑)」なので、5,000円以下の無駄遣いならギリギリできる。だから妻が買いたいキャラグッズも買うことができる。

 しかし、買うかどうかを決めるには、「そのグッズの必要性や値段の妥当性を検討するよりも重要なこと」を検討しなければならない、ということに筆者は気づいてしまった。

買ったら「可愛いモノにはお金を使う人間」に変わる

 欲しいと思った感情を満たすために、欲しいモノを買う。これは一見する単純で当たり前で、妥当なことのように思える。

 が、長期的に考えてみると、単純に「欲しい」という感情だけを満たす買い物は結構危ないことだとわかる。

 今回のキャラグッズの例で言うと、「可愛いから買う」を実現すると、その前例をもって、今後も「可愛いモノ」を欲しいと思ったら買っても良いという考え方になってしまう。

 これは他の感情についても言える。

 例えば、「ギャンブルに興奮するからパチンコ屋で玉を買う」、「おいしいモノを食べると気分が良くなるから外食屋でメシを買う」、「テーマパークに行くと夢見心地な気分になるからチケットを買って行く」など、お金を払って感情を満足させる例はたくさんある。

 そして、一度その欲望をお金で満たしてしまえば、今後は「その欲望をお金で満たした人間」に変わる。

 さらにその買い物で満足すれば、長期的には「その欲望をお金で満たし続ける人間」に成り果てる。

 「可愛いんだから買っても良いよね」、「興奮するからお金を注ぎ込んでも良いよね」、「美味しいモノにはお金を払うでしょ」と、今まで買ってきたモノにお金を使うことに抵抗がなくなってくる。

https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/iryo/kenkoujyouhou/damezettai.html

 なんだか「違法ドラッグの危険性を啓発するポスター」みたいだが、実際のところ「単純に欲望を満たすための行為」と言う点では違法ドラッグも買い物もあんまり違いはない。

使う金額の大小は問題じゃない

 こう言う話をしていると「たかだか数千円でしょ?大袈裟すぎる。。」なんて感想が聞こえてくる。

 しかし、使う金額は問題じゃないのである。

 別に100円でも、100万円でも、「それにお金を払った人間」であることには変わりはない。

 そもそも大半の買い物は数千円以内である。が、「それにお金を払った人間」はその数千円の買い物を繰り返す可能性があるから危ないのである。 

お金は一番欲しいモノに使うべし

 ではお金は何に使うモノなんだろうか?

 筆者は、「お金は一番欲しいモノに使うべし」と考えている。

 一般的には、人が稼げるお金の量は大体決まっていて、それは無限ではない。なので「欲しいと思った全てのモノやサービス」を片っ端から買うことは当然できないのである。

 全ての「欲しい」を満たせないなら、「欲しい」を厳選する必要がある。

 それを買って満たされる欲望の価値はどれほどか、そのためのお金を稼ぐための労働をする覚悟はあるのか、それを買うことで買えなくなる他のモノへの憧れを捨てる決意など、有限であるお金を使うには本来はいろんな決断をしなければならないのである。

 そして考え抜いた果てに「コレが一番欲しい」と思えるなら、それが「可愛いモノ」でも買っていいと思う。

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